着るだけで日本紹介 – 着物

服を着るように着物を着る

フランス人から褒められた江戸小紋の組み合わせ

海外にひとりで2週間以上出かける時、スーツケースに必ず詰めるものは着物。渡航先がアメリカ中心だった頃は、カジュアルなアメリカ人の国民性という気楽さもあって、着物は図柄や色にはさほどこだわらず、とにかく汚れたら簡単に洗えるポリエステルのものばかりでした。

そして着付けには絶対に必要と自分で思い込んでいた帯、下着類、草履などを持参しました。着物類だけでもかなりの重量で、それを運ぶのは一仕事といった感じだったのですが、5年前に渡航先をもっぱらロンドンやパリにしてからは、着物に対する私の意識に大きな変革が現れました。

長い伝統を保つイギリスとフランスの各大都市であるロンドンとパリ。2014年に訪れた時はカジュアルすぎない方が良いかとポリエステルはやめて絹の着物にして、明る目でも落ち着いた黄系のものと花柄のピンク系のもの2枚を持参しました。帯は反幅帯や名古屋帯より正統的な袋帯にしました。

それまでのアメリカでは、どこに出かけても着物で歩いていると頬笑んでくれたり声を掛けてくれたりする人がそれなりにいました。それがロンドンとパリでは人々の反応がそれまで経験がないほど大きく異なっていたのです。予想外の大きな反応で街を歩くのが楽しくなったのはロンドン。通り以外でも美術館に入れば館内で働いている人や見学者までがにっこり笑って挨拶してくれました。 大きな公園を歩いていると、家族写真に加わって欲しいと旅行者から声がかかることもありました。 着物を着ると楽しいことが倍増!重くても着物を持ってきて良かったと実感しました。

そうした楽しい気分でパリを訪れると状況が一変しました。着物を見ても無表情で声を掛けてくるどころか目を留める人すらいません。ロンドンとのあまりの違いに、何故だろうと戸惑いました。どうも国民性が異なるようです。人が何を着ていようがその人の勝手で格別関心は抱かない、そうした考え方が基本にあるのではと感じ取れましたが、それ以外の理由もありそうに思えました。 ひょっとしてピンクや黄色といった甘い色合いはパリ人の好みではないように感じられたのです。

パリの人が感じるシックというのはモノトーンではないかと考え、2017年の夏、試しに着物の1枚を絽(ろ)の江戸小紋にしてみました。そうしてパリを歩いていると、後ろから「すみません」と日本語で女性の声がしました。振り向くと、カフェの屋外の席に座っていた若いパリジェンヌが立ち上がって「とてもおしゃれです」とこれまた日本語で褒めてくれたのです。その時はやったね!と嬉しい気分になりましたが、3か月間パリにいて声をかけられたのはわずか3回でしたから、やはり基本的には他人の服装にはさほど興味を抱かない国民性なのでしょう。

まともに着物一式を持参するとそれだけで大変な荷物で、次第に重量を減らしたいと考えるようになりました。 それと、パリに毎年滞在するようになってから、私もフランス人の自由な考え方に慣れてきて、伝統の衣服でも型を外して自由に着ても良いのではと柔軟に考えるように意識が変わってきたのです。そして2018年以降は帯,長襦袢、足袋や草履は持参しなくなりました。Tシャツの上に着物を着てベルトで締める。草履でなく靴を履く。ジャケット代わりに羽織を着てベルトにする。それだけで荷物は格段に少なくなり、おまけに着物を着るのも一層簡単になりました。江戸小紋もポリエステルのものです。

ただこの5年間で着物に対するパリの人達の反応に大きな変化が現れました。 日本のアニメが大きな要素なのでしょうが、フランス人の日本への関心が非常に高くなっているのです。着物が日本文化の一つであるという認識もされていて、それを着ている私は日本人ということで声がけをしてくれる人が増えてきました。2019年の7月、猛暑に拘らず私は絞りの浴衣を着てパリのシャンゼリゼに出かけました。道を尋ねると、日本人かい?とニコニコ言われるし、外国人ツーリストからはハローと挨拶され、「きれいだね」と若いパリジャンまでにこやかに声かけしてくれました。以前のロンドンで楽しいことが倍増と嬉しくなったのと同様の体験でした。着物はただ身につけるだけで、日本文化の紹介になります。異国の街で現地の人と言葉を交わすひとつのきっかけになり、それが長い交流へと発展していく可能性もありますので、服を着るように着物を着こなす方法と併せて着物の楽しい活用法をいろいろと考えていきたいと私は思うのです。

2016年パリでお茶会(アンティークの着物)
2017年 羽織をプレゼントしたパリの友人とレストランへ
2019年 エジンバラの教会で
2019年 ジャケット代わりに羽織(パリの洋服店の試着室で自撮り)
2018年イギリスのケンブリッジ、陶芸家の工房
(帯揚げを帯替わり)

* ここの工房ではお茶入れに使える小瓶を購入しましたが、写真でもわかるように茶碗など茶道に使えそうなものもあり非常に印象に残っている場所でした。
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