「英語で日本文化紹介」の効用

趣味(興味の対象)が広がる

マンハッタンでのお茶会
マンハッタンでのお茶会

1992年に国際交流団体STEPを設立して以来、英語で日本文化を紹介しながら外国の方々と交流することが私自身の人生の指針となったようです。お陰で当初には想像すらしなかった程自分の世界が広がりました。それと同時にそれが支えになって、7年に渡る介護のような状況に置かれても心が押しつぶされることなく、細々であっても英語学習を続けたり、日本文化への関心を持ち続けたりすることができたのだろうと感じます。そんな日々を振り返ると、私が実感する「英語で日本文化紹介」の効用は下記の内容に要約されます。

  1. 英語学習の目的になる
  2. 英語力アップにつながる
  3. 日本文化の再発見
  4. 趣味(興味の対象)が広がる
  5. 自分の好きなこと、得意なことが見えてくる
  6. 英語での会話が長く続けられるようになる
  7. 外国の人達との交流が広がる
  8. 生涯学習になる

海外に出かけると私は常に茶道のお茶碗やお茶入れに使えそうな焼きものを探しています。 本来の用途とは異なっても、自分が気に入ったものを使ってお茶を点てていると、訪れた土地やそこで出会った人達が思い出され心がほっこりしてきます。 茶道を習い始めたきっかけはアメリカの小学校などで茶道が大人気なのを知ったことからでしたが、そこから焼きものに興味を抱くようになりました。

2014年にイギリスのコッツウォルズを旅した時、一人の男性陶芸家が隣接した工房で作品を作りながら売っている店を見つけました。店内にある椀のような小さなボウルや小瓶を見ていると、なんとなく日本的な雰囲気が感じられ、陶芸家の店主に私が日本人で茶道ができること、彼の作品から受ける印象を伝えると、彼はすぐさま「君はショージ ハマダを知っているか」と尋ねてきました。そして「僕は彼を非常に尊敬しているんだ。 日本に行ったら益子に行きたい」と熱い思いをいろいろ語るのです。 海外の店で有意義な会話が長続きしたという経験がそれまで無かったので、興味のある話題から会話を広げていくことができるのに気づいたのは新たな学びでした。

やはりコッツウォルズに滞在していた時、現地の人から陶芸に興味があるのならウインチカムポタリー(製陶場)に行くといいよとアドバイスを受けました。 柳宗悦らと民芸運動に関わっていたイギリス人のバーナードリーチは濱田庄司と共にセントアイヴィスで登り窯を設立しましたが、ウインチカムポタリーはリーチの直弟子の一人が開いた窯で、今でも作陶が続いているそうでした。観光案内所ではそこへ行くバスはないと言われましたが、できるだけ近い場所までバスで行き残りは歩こうと覚悟を決めて運転手さんに「ポタリーに近いところで降ろしてもらえますか」と頼んでみました。 すると運転手さんはニコニコしながら「君は運がいいなあ。 そこは普段通らないけれど、今日は特別に変更してポタリーの横で止めてあげるよ」と答えてくれたのです。 そんなことが起こりうるとは考えてもいなかったのでびっくりしましたが、親切な運転手さんのお陰でポタリーまで直行して、帰りは本来のバス停まで歩いて同じ運転手さんのバスで戻ってくることができました。

ポタリーでは3代目の陶芸家が作陶していて,先代のものも含めいろいろな形の作品が売られていました。 何点かの作品に添えられた二文字の漢字カードを眺めていると、陶芸家が「意味が分かったら夫々を英語で書いてくれませんか」と私に話しかけてきました。 それを受け書き終えると「お礼にワークショップ(作業場)を案内しますよ」と、窯や彼の作業場を説明しながら見せてくれました。 私が売り場にいた時には他にも客が出入りしていたのですが、その方たちは黙って商品を見て立ち去るか売り買いの会話を交わすだけでした。普通なら私もその一人だったのでしょうが、ひょんなことからラッキーな体験を得たのです。

ロンドンで入った店では、一点だけ茶道の夏用のお茶碗とまったく同じ形をしたものを見つけ、「この作品を作った方は日本の茶道を学んだのですか」と店主に尋ねてみました。 すると「もう亡くなったが、彼は5年間東京で茶道茶碗に関して研究していたと聞いていますね」とのことでした。

こうした経験を通して、バーナードリーチや濱田庄司に対する関心が深まり、益子や東京の民芸館を訪れたり、美術館での陶芸展へも積極的に出かけたりするようになりました。 興味のあることが話題になるのは自分にとって楽しいことですが、同時に、どんな状況でも会話を長く交わせるきっかけになる話題のようなものがあるのではと考えるようになりました。 最近はこんな話題で店員さんと話してみようとか、テーマを考えながらお店に入ることがありますが、その会話から新たな情報を得ることや興味の対象が広がることもあります。 そして現地の人と会話する機会が増えるにつれ、自分の語学不足も益々認識されてもっとやらなければという気持ちになるのです。