介護がきっかけ、伝統文化にはまる

私は子供の頃から好奇心旺盛で習い事が好きでした。 これといった根拠もなく和のものが多かったのですが、若い頃は新たなものに興味が移りやすく、何に対してもずっと習い続けたいと思えるほど深い関心は抱きませんでした。

国際交流団体を立ち上げ、やり方を工夫しながらで中学レベルの英語で日本文化を紹介する方法を、幅広い年代の日本の人達に指導する講座を開催したことから、自国の文化を改めて意識するようになりました。そして自分自身がいくつか英語で紹介できるようになってくると
、それが外国の人との友達作りに有効であるのが実体験として分かったのです。それ以前は、外国の方と一般的な会話で長時間持ちこたえるのは苦手でしたが、自国のことに興味を抱くと相手の国にも興味が湧いて、お互いの国を比較する話題が増えて会話の幅も広がりました。

公開講座でやったものは、折り紙、昔話、日本の文字、俳句、歴史や地理といった身近なもので、習わなければできない伝統文化は題材にしませんでした。当時の私は過去にいくつか伝統文化を習ったものの、それらに対して特に深い思い入れはなかったのです。 そんな私が伝統文化にどっぷり浸るきっかけとなったのが母の介護でした。

自活するのが困難になった母の世話をすることになり、5年の在宅介護を含めて7年間、時間と身動きの自由が極度に制限される日々を送りました。 母の認知症も進み亡くなる前の1年はベッドで寝たきりの状態でした。ストレスで私の心が押しつぶされそうになっていった時、月に2回茶道を習い始めました。久々の習い事が嬉しくて、上達したいと意欲も湧き短くても稽古をするひと時を日々の生活に組み入れました。ある日、和室でシャカシャカと抹茶を点てていると、ふといつもと異なる心の感覚を覚えました。つらいとか悲しいとかいう負の気持ちがすべて消え、何とも言えない穏やかで幸せな気持ちになっていたのです。 その時、和の文化は平安な境地に達する道としての修行であることを初めて実感したのでした。どんな状況に置かれても自分の心を常に平常心に保てたら、私はいつでも幸せー これは私にとって大きな心の変革をもたらし、母への接し方に良い影響を与えて、お陰で母の表情も非常に柔らかなものに変わっていったのでした。

母が亡くなった直後、私はすぐに渡米して3か月かけてアメリカのニューイングランド地方を回りながら20数か所で生け花、茶道、折り紙、俳句その他の日本文化を紹介しました。その一つがコネチカット州のデイケア。 そこは小学校の廃校を利用した建物で元気に通ってくるお年寄りを対象にいくつもの文化講座を催していました。 日本文化を紹介したいと施設長に申し出ると、喜んで3回のワークショップ開催の許可をくれたので、1回は茶道にしました。会場は広い講堂で、30名ほどの参加者は椅子に座り、私は高さ1メートルの舞台に正座で盆略点前です。舞台に上がる前に、写真を見せながら茶道について説明した際、利休が茶道の精神を表す語として使用した「和敬静寂」にも触れ、お茶は寂(心の平安)に達するための道であること、そして介護時の自分の気づき体験を語りました。「相手を幸せにするには、まず自分が幸せでいなくてはいけない」、介護から得た自分の思いを熱く話している時、参加者全員が真剣に耳を傾け大きくうなずいているのが見えました。

私にとって英語で日本文化紹介は、易しく取り組める折り紙、日本の文字、昔話などから始まり伝統文化へとつながりました。 茶道一つからも、美術館、博物館、見立てとして使えそうなお道具探し(特に海外で夢中)と楽しい世界が大きく広がっています。 興味のある日本文化からちょっと始めてみると、それが糸口になって自分の世界がどんどん広がっていくー そう考えるとワクワクして試してみたくなりませんか。

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